数独とナンプレの歴史

数独(SUDOKU)・ナンプレと名称などの歴史について

数独・ナンバープレイス日本での数独(SUDOKU)・ナンプレ(ナンバープレイス)の歴史については、ニコリ社が1984年の春に発行した「月刊ニコリスト」内で、「数字は独身に限る」というタイトルがはじまりだったようです。


世界での数独(SUDOKU)・ナンプレの歴史は、アメリカ人の建築家が匿名で発表したのがはじまりのようですが、その時の形は、スイスの数学者が18世紀に発表していたラテン・オイラーと呼ばれる各方陣に、3マス×3マスのブロック制限を付加し、ペンシルパズルとしていました。のちに数独(SUDOKU)・ナンプレと呼ばれ歴史上でも世界的に流行することになるパズルは、1979年「ナンバープレイス」と名付けられ、アメリカのデル・マガジン社から初めて出版されました。


日本ではその後、1988年にニコリ社から「ペンシルパズル6・数独1」が発刊された時、「数字は独身に限る」という名称は長すぎるということで、「数独」という名称が初めて登場したようです。しばらくは「数字は独身に限る」の方が正式名称として引用されていたようですが、1992年春の「パズル通信ニコリ37号 春分」から、「数独」の方が正式名称になったようです。その数独(SUDOKU)・ナンプレの世界的な流行は、1997年に1人のニュージーランドが日本国内の本屋さんで、数独(SUDOKU)・ナンプレの本に目を通したことからはじまったといわれているようです。